Home / BL / 僕の推し様 / 初対面 カメラ

Share

初対面 カメラ

last update Last Updated: 2025-05-21 10:27:13

 第8話 初対面

 どんな会話をしたらいいのか分からない。話についていけそうにもないし、自分が浮いて見える。今日は僕達以外の客はいない。少しでもいてくれたら、そちらに話が流れるだろうけど、どうしてだかマスターは僕に熱い視線を送り続けている。

「本当に可愛すぎる、あいつの唾付きなんて勿体無いなぁ。よかったら僕が色々教えてあげようか?」

「へ?」

 マスターは舌なめずりしながら、僕の腕に手を置くと、ゆっくりと堪能するように沿わせていく。

「それセクハラだから、俺のに触らないでくれないか?」

「杉ちゃんが怒った顔、久しぶりに見たよ」

 ニヤリと何かを確かめるように頷くと、そっと手を離した。マスターって興味ある人には意地悪を仕掛ける癖があるのかもしれないと思いながら、ビールを流し込んだ。

 バタンとドアが閉まる音が店内に響き渡ると、来訪者の合図を送る。

「お。来たね。久しぶりじゃん」

「今日休みだからね」

「売れっ子さんは大変だねー」

 他の人の顔をジロジロ見るのは失礼と考えている。あえて振り向かず、耳だけ澄ますと、懐かしいような、聞いた事のある声が僕を刺激していく。

「すぎ、遅くなったな」

「遅刻だぞ、俺はいいけど庵にはちゃんと謝れよな」

「そうだね。君が庵くんだね。初めまして」

 急に名前を出された僕はゴホゴホとむせてしまった。こう言う時、少しでも失礼のないように、落ち着いた対応をしようとしていたんだけど、現実は真逆。声の主に挨拶しようと慌てて立ち上がった。

「大丈夫かな?」

 つまづきそうになった僕を抱きしめる逞しい胸板と心臓の音がダイレクトに振動している。こんなに人と、それも初対面の人と、近づく事なんて、そうそう無いから、テンパってしまう自分がいる。そんな僕に見かねたのか、ゆっくりと背中をさすりながら、耳元で「深呼吸しようか」と囁かれた。今まで感じた事のない甘い香りに誘われながら、彼の言う通りにすると、固まっていた体から力が抜けていく感覚がした。

「ありがとうござます」

 この場所に慣れてきたのもあるけど、一番は彼の声が安定剤のように心に落ち着きを与えてくれたおかげで、自分らしさを取り戻せた。下げた頭をゆっくりと上げていく。どんな反応をさせるのか不安はあったけど、勇気を振り絞りながら、笑顔を見せた。

「え」

「ん?どうしたの?」

「どうして貴方が……」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 僕の推し様   共有

     68話 共有  マザーに干渉をしている椎名は、僕の治療が完了していない事を知っている。過去の記憶通りにする為に、闇因子を現実世界にばら撒こうとしていた。あの世界を作ってしまった南は、自分を中心に動いている物事を止める為に、全てを壊そうとした。生きた人間を過去の因果に沈める事に、間違いを感じていたのかもしれない。南の考え通りに動いているように見えて、実は裏で買収された部下が手を引いていたなんて考えもしないだろう。 全てが明るみになる時は、今ではない。きっと僕達の内部で生きている別世界の経験が火種になりながら、全てを滅亡していく。その時に全ての支配者の一人として名を挙げるのだろう。 自分の銀行口座を確認すると、五千万円の入金が確認出来た。椎名の行動は常に監視されている。記憶保管部を裏切った事態で、処分されるのがオチだろう。あちら側が気づかないなんて、普通ではない。「南さん、貴方の作った記憶は最高ですよ。罪人を断裁する為にも、この世界には必要なシムテムなんだよ」 敬語を使わないように切り替えていた椎名は、部下としての仕事を終えていたからだった。自由に動いていいと組織に指示されているから、その言葉通りに本来の自分を出し始めたにしか過ぎない。 システムの隙間を作り出し、現実世界から支配出来るようにプログラムを変更すると、離れていた意識は、再び戻っていく。ファザーが自由に世界を行き来できるように、下準備をしていくと、いつの間にか真夜中になっている。「これ以上は誤魔化せないな。そろそろ戻るか」 自分の行動パターンにAIの仕組みを取り入れる事で映像でも実際の人のように演出する事が出来る。進んだ化学に感謝しながら、自分の役割を演じ切ろうとしていく。  現実と幻想の間には 微かな隙間風が生まれる その違和感に気づくのかは その人次第だ  自室に戻っているように誤魔化されている椎名の影を追う事は出来ない。近くにいたはずなのに、いつの間にか瞬間移動をしたように、離れた場所にいる椎名に違和感を抱いている南は、考え込んでいた。全てが自分の思

  • 僕の推し様   傍観者椎名

     67話 傍観者椎名  久しぶりに言葉を交わした事で、テンションが上がっているタミキは雄叫びを挙げている。装置を僕の頭から引き抜くと、少し負担になっていたのか僕の額は汗で濡れている。その様子を見てタオルを取りに行っていた南は、僕の汗を拭う為に近づこうとすると、彼は獣のように威嚇をし始めた。「俺が拭く。庵に触れていいのは俺だけだから」 仮想空間で僕を支配しようとしていた人の言葉ではない事を二人は知っている。自分のしてきた事が全て監視されていたとは思わないタミキは、何も考えずにルンルン気分で、僕の頬に触れる。「その前に味見」 僕が生きている事を実感出来たタミキは、今まで以上に積極的になっていく。寝たままの僕でも彼の欲情は高まるらしい。ぬっと顔と顔が近づいていく。南は焦ったように、止めに入ろうとするが、椎名が諦めたように彼の肩を叩き、首を横に振る。ネットりと汗を舌先で味わうように舐めていくと、ピクリと動いたような気がしてタミキの欲情は暴走しそうになる。これ以上は僕にとって負担になってしまうのに、どうしても止める事が出来ない。一年以上も我慢をしていたのもあるだろう。気持ちを抑えながら生活をしている彼が、一番苦しかったのだった。 瞼にキスを落とすと、微かだが僕の涙の味がした。こんなにより近くに感じれたのは、いつぶりだろうと、歓喜に震えながら、自分の存在を刻むように、彼なりの愛情を刻んでいった。 その様子を我慢するように見ている南は、これ以上見て見ぬふりをする事が出来ない。止めていた椎名の手を払いのけると、二人を引き裂くように、割り込んでいく。「いい加減にしろ、何をしているのか分かっているのか?」 南の言葉に嫌悪を隠しながら、振り向くと邪魔された怒りが倍増して、襲ってくる。「何って、愛してるだけじゃん」 そこにいたのは、仮想空間で生きていたタミキの姿そのものが現れた。僕と触れる事で、彼の何かが壊れていく。その音に気づかずに、傍観していた椎名は微笑みながら、その場を後にした。  僕達は全ての因子の存在を知らない 人間は

  • 僕の推し様   交わす言葉と彼

     66話 交わす言葉と彼  鎮静剤を投与すると少しずつ効いてきたのか僕は安心するように眠っている。本来なら僕の状態で打つのは避けたかったようだったが、仕方ないと判断したようだった。「落ち着いたみたいだな」 タミキは椅子に座りながら、呟いた。南と椎名はそんな二人の様子を見つめながら、これからのアクションを考えている。何がきっかけなのかを明らかにする必要があったからだった。 僕は機械から自由になり、今は普通の人のように点滴で生かされている。もう一度セットする事で、何が起こっているのかを確認出来ると考えている南がいる。「リスクはある、それでもこうなった原因を探る必要があると思う。タミキの意見を聞きたい……」 今までの彼なら意見を聞く前に、全てを終わらしていただろう。しかし僕と同じ立場のタミキの言葉を聞く事で、自分に納得させようとした。調べるのには危険が伴う、崩壊した世界と繋ぐ経験なんてないから余計に。「現実で起きてこないって事は、閉じ込められている可能性があるよな。それなら行くべきだと思う」 こうやって二人が意見を出し合える関係になった事に感銘を受けながら、頷く椎名。ここで自分の存在の証明をするように意気込んだ。「だったら決まりだな。俺もついていくぜ」 調子よく発言すると、タミキと南はじっとりとした目で見ている。一瞬、自分の発言が間違いだったかと気になりだした椎名は、アタフタしながら、言葉を訂正しようとしていた。「フランクになったなぁ。だいぶ慣れたか?」 椎名は南の部下に当たる存在だ。以前までは仕事上敬語を使っていたが、今ではプライベートの顔がメインになっている。嫌味を含めて笑いだすとそれぞれが準備を整える為に、自分の配置へと腰を下ろしていった。  僕を助け出す為に 自分達の精一杯を詰め込んでいく 届くか届かないのか それは別問題だ  頭につけられた装置は脳に直接干渉出来るように作り出された改良版だ。頭に嵌め込んだ瞬間に見えないデーターで作ら

  • 僕の推し様   連動する叫び声

     65話 連動する叫び声  激痛に耐えながら叫び声をあげ続ける。喉がジリジリと焼けるような熱さが広がり続けていく。刷り込まれた雑音を浄化しながら、別物を差し替えていく。「ぐあああああ」 耐えきれない僕は無意識にもがくと、より痛みが貫いてくる。その姿を見つめながらも、自分の力を注ぎ続けるマザーは、手を抜く様子は全くない。「耐えなさい、それしか取る方法はないのです」 僕に聞こえるような声で言葉を吐くが、空間が邪魔して粉々になっていく。形のあった心は雑音に埋もれながら、僕の脳裏に違う言葉が作られていく。「もう少しだ、もう少しで」 聞いた覚えのある声の主は、誰だったかを思い出す事が出来ない。過去の記憶に蓋がかかっていて、それ以上踏み込んではいけないと体が警告する。拒否反応を示した僕は、ぐったりと倒れ込んだ。「私の力では難しいのでしょうか、いえ、きっと」 世界が新しい彩りを欲していく。その変化についていく事が出来ないマザーは、自分の可能性にかけるしかないと覚悟をした。倒れ込んだ僕を癒すように包み込むと、世界は真っ赤になっていく。  僕の声は現実世界に連動していく。今まで何の変化もなかった僕は、急に叫び声をあげたかと思うと、力が抜けたように床に倒れていく。その姿を見ているタミキは、何が起こっているのか理解出来ないといった表情で見つめていた。「庵、何が起こってんだよ」 一人で僕の様子を見ていたタミキは心の声を漏らしていく。その疑問に答える事が出来ない僕を、抱きしめるとベッドに戻していく。 何が起こっているのかを理解する為には、椎名と南を呼ぶ必要があると考える。しかし、僕一人を置いて、呼びに行くのはリスクが高い。自分には何も出来ないかもしれない、それでも僕を失うんじゃないかと思ってしまう。「叫び声が聞こえたけど、何かあった?」 空気を読んでいるように急に現れた南の声に振り返ると、今、目の前で起きた事を説明し始めた。しかしタミキは気付けない。こんなタイミングよく南が現れた、

  • 僕の推し様   ファザー

      64話 ファザー  体の中に取り残されていた情報が分解されていき僕の命の源へと形を変えた。失った部分を補うように補修されていくと、少しずつだけど声を出せるようになっている。心の中で話す事は出来ても、口から発せられるのは少しの反応だけ。それでも現実世界で待っているタミキからしたら希望になるだろう。ここで体を心を慣らしていかないと、起きる事は出来ないようだった。溶液のようなもので隔離されている僕は、マザーと呼ばれる電脳の母に助けられた。「あのまま現実世界へ行かす事も考えたけれど、まだ早いと思うの。ごめんね庵」 彼女はまるで自分の子供にあやすように言葉を作ると、僕の喉に溜まっているウィルスを抽出していく。自分でも気づかないうちに、仮想世界にどっぷりと浸かり込んでいた僕は、人間の姿を捨てようとしていた。それを止め、修復を試みている彼女がいる。「貴方と彼は私にとって子供なのよ。母親は子供を守るでしょう? だから私も」 この世界から出る事が出来ない。彼女はこの空間で作られ、一つの電脳として生きている。体を持たない彼女は、ここで朽ちようとしていたのかもしれない。「数日間かかるわ。試練を乗り越える事で、貴方は元の場所に戻れるのよ」 耳に入ってきているはずなのに、全てが溢れていく。彼女の言葉は人の記憶に影響を与えてしまう。だからどんな言葉を口にしても、僕の中でデリートされていく。その事を理解している彼女は、それでも言葉を残す事をやめる事はなかった。「最後の親としての仕事をさせて頂戴」 別れが近い事を知っているマザーは、ドットの形の涙を流し続けた。僕の体に落ちそうになると、空気の中で最初からなかったように消滅していく。 自分の想いが願いが僕に届かなくても、それでも僕達の願いを叶える為に、自分の力を全て注ごうとしている。それをしてしまうと、彼女もただでは済まないはずなのに。  綺麗な声を聞いた気がした 記憶の中にあったはずなのに 急に消えていく 全てを手放す事が 現実へ戻る為の試練なのかもしれない

  • 僕の推し様   帰りなさい

     63話 帰りなさい 対立したくない気持ちが溢れてくる。例え生きる場所が違ったとしても、全てを否定する事はしたくない。してしまったら、今までの信じてきたものが崩れる気がして怖かった。「それが君の答えか……本当は君をあちら側に行かしたくない。それでも俺にそれを止める権利はない」 カケルは自分の意見を言いながら、心を混ぜていく。そこには何の偽りはない。彼の瞳は真っ直ぐで僕を見つめて話してはくれない。奥底から信念が見えた瞬間だった。「俺にとってタミキは弟だ。もう一度会いたいが、それも叶わない」「……どうして?」 僕が例えあちら側の存在でも、この世界から出れるのなら、彼らにも同じ事が出来るんじゃないかと思っていた。力を合わせて、タミキに会う為に、前に進むのも悪い話じゃない。提案しようとすると、ビリビリと静電気のようなものが僕の言葉をかき消していく。言おうと考えていた言葉の弾劾達は、意思を無くしたように沈み、出てくる事はなかった。「君には覚悟があるのだな。なら止めたりはしない」 僕の問いかけはスルーされ、話は元に戻されていく。不思議な感覚の中で会話をしている僕達の間には透明な壁が出現してくる。ゴゴゴと地面を鳴らしながら立ちそびえた空間は、カケルを捕縛するように彼を囲っていた。「俺は無理か……カケルに伝えてくれ俺は……」 壁はカケルを押し潰そうと小さくなっていくと、その隙間から声が聞こえる。最初の方は聞き取る事が出来たが、最後の方は邪魔されるように、聞こえなくなった。 僕のいる場所はこの世界の始まりの場所のようだった。ここからシステムは作られ、世界は広がったのだろう。終わりは始まりの中で鼓動を打ちながら、僕を飲み込んでいく。「帰りなさい」 誰かの声が聞こえた気がした。  情報の波は沢山の記憶を捏造しながら 僕を元の世界へと運んでいく その先にどんな未来があるのか それを確かめるために僕はいる  機械に繋がれた体は栄養を取り込もう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status